『完全ヴィデオライブラリ』のソースは、
『ライフゲイムの世界』
ウイリアム・パウンドストーン 著
有澤誠 訳
日本評論社
第5章 情報とその構造
情報理論の創始者であるシャノンは、ベル研究所の技術者だった。電
話線を介してテレビ画像を電送するといった類の問題を研究していた。
この仕事から情報の性質を考えるようになり、情報を客観的に定義する
方法に思いをめぐらすきっかけを得た。
何か結論に到達するには、それまでの情報というものの解釈をすべて
放棄すべきだとシャノンは考えた。意味のない情報の転送も、意味をも
った情報の転送と同じくらい困難である。したがって情報量という点で
はどちらも同じ量だと考えることが妥当である。この考えかたから、シ
ャノンは情報理論の構造を組み立てていった。構造をもってはいるが抽
象的な画像は、形をもたない画像と区別できる。
5.1 情報のデモン
ヴィデオテープはディジタルな媒体である。テレビの画像を機械的に
コード化する。ある1秒間の動作を30フレイムに分割し、さらにそれ
ぞれのフレイムを数千ピクセルに分解する。それぞれのピクセルは、色
と明るさの組合わせを表わす一定数の状態の中から、ひとつの値をとる。
サウンドトラックも、同様にディジタルに表現する。その結果、ヴィデ
オテープのひとこまに対して、ある数の可能性しかなく、それらのフレ
イムが集まった全体のテープにも、やはりある数の可能性しかない。
これを聞いて、マクスウエルのデモンは新しい事業を開始した。その
名前を完全ヴィデオライブラリという。デモンはまず大きな倉庫を建て、
そこに多数のヴィデオテープを格納した。次に商業新聞に次のような内
容の広告を出した。
プロデューサー諸氏へ: 古くさいテレビ番組を作るのはもうやめま
せんか。タレントたち、ディレクター、作家、セット技師、ロケ担当
者、特殊効果技師、編集者、サウンドミックス担当者などに、巨額の
支払いをするのはやめて、最終製品のヴィデオテープを購入してはい
かがですか。現在制作中の番組はただちに中止しましょう。これ以上
お金を浪費する前に、完全ヴィデオライブラリへおいでください。
ライブラリにはあなたが制作中のどんな作品についても、その制作
の段階によらず、完成品のテープを用意してあることを保証し、それ
を1日のテープ撮影料金よりもずっとやすい価格でお売りいたします。
どうしてそんなことが可能かとおたずねですか。それはこのライブラ
リが文字どおり完全で、すべてのテープがそろっているからなのです。
ここには10万フレイムのヴィデオテープ、すなわち56分ちょっ
との長さのもので、可能なすべてのものが用意してあるのです。2本
のテープがごくわずかしか異なっていない場合、たとえば59003
番目のフレイムのあるピクセルの色調がわずかに異なっているといっ
た場合でも、それぞれ別々のテープになっています。映画プロデュー
サーのかたは、次のことに注目してください。このライブラリでは高
解像度のヴィデオテープを使用しており、そのまま映画に変換しても
画面が粗いことはありません。また56分を超える長さの作品につい
ても、続きの部分は別の標準時間テープとして用意してあります。
当社のもっている分量の多さにはきっと驚くことでしょう。エミー
賞やアカデミー賞を獲得したいくつかの作品を入手したいとは思いま
せんか。将来そうした賞を受けるはずの作品もすべて、当社の在庫に
入っています。ぜひ一度ご来場いただくことを期待します。玉を石か
ら選別するお手伝いもさせていただきます。一度わがライブラリにお
いでいただけば、二度と「創造的な人間」に戻ることはありません。
ディレクターの仕事は、大きいけれども有限の既製品の中から、ひと
つの作品を選ぶことだけです。これを当ライブラリで行えば、たいへ
ん安くできます。しかしひとつだけご注意申し上げます。名作といえ
る作品の数には限りがあり、すでに多数の関係者のかたがたに当社に
お見えいただいております。ぜひお急ぎくださいますように。
5.2 情報のデモンの反論
マクスウエルのデモンは、高速の分子を低速の分子からより分けられ
ないのと同じように、ここでも意味のあるヴィデオテープを意味のない
ヴィデオテープからより分けることはできない。その失敗はやはり、情
報というとらえどころのない概念である。完全な印刷機を用意して可能
なすべての文書を印刷させよう、と物理学者のガモフ(George Gmow)
が述べた話をもとにして、完全ヴィデオテープライブラリを、をここで
新た考案したのである。このようなライブラリそのものを作ることは、
論理的には不可能でない。したがってデモンがヴィデオテープを仕分け
するやりかたのほうに、関心が集まる。
デモンが可能性のあるヴィデオテープを1本ずつ作っていくときに用
いる機械を作ることは、十分可能である。テープに含まれている情報は、
数字列の形にコード化できる。それぞれの数字は、与えられたフレイム
のひとつのピクセルの状態、すなわち色や明るさを表現し、あるいはそ
のフレイムに伴うサウンドトラックの情報を表現している。こうした数
字列は、デモンのライブラリの「呼び出し番号」として使える。デモン
の機械では、この呼び出し番号を順に生成して、それに対応するテープ
を作ればよい。
ライブラリの1番目のテープは、0000000…0000000と
いう呼び出し番号に対応している。これは実際には0が数十億個並んだ
数字列である。ここで0は白いピクセル、あるいはサウンドトラックで
無音を表わすものとしよう。このとき、この0ばかりのテープは56分
間全部、ブランクの白い画面のテープに相当する。実際、韓国のヴィデ
オ芸術家パイク(Nam June Paik)は「映画の禅(Zen for Film)」と
いう作品を作り、それはまさしくブランクの白い画面であった。したが
ってデモンのライブラリの第1打席はヒットであり、1番目のテープは
劇場で上演になった映画である。