title:方舟図書館 ver.1.0j
木村応水 作 
1997


 『遥かなる地球の歌』 アーサー.C.クラーク
 モーセ・カルドアは、〈最初の着陸地点〉の大聖堂のような静寂の中
に、自分に都合のつくかぎり何時間だろうが何日だろうが、独りで放っ
ておかれるのが嬉しかった。人類のあらゆる芸術と知識を前にして、ま
た若い学生のころに戻ったような気分だった。それは興奮と同時に重苦
しい気分の体験でもあった。目の前に宇宙のすべてがあるというのに、
そのうち全生涯をかけて探究できる断片は雀の涙ほどのもので、ときに
は絶望で気が挫けそうにもなった。空腹をかかえているところに、見渡
すかぎり並ぶ豪勢な食事を与えられたようなものだった、その山のよう
な料理は、食欲を完全に失わせた。
 それでも、これほどの豊かな知恵と文化も、人類の遺産のごく一部に
すぎなかった。モーセ・カルドアが知り愛していた多くのものが、そこ
には欠けていた、それが偶然ではなく、意図的な計画によるものである
ことを、彼はよく承知していた。
 1000年前、才能と善意を備えた者たちが歴史を書き変え、地球の
図書館を隈なく調べて、何を守りとおし何を炎に焼きつくさせるべきか
を決定した。選択の基準は単純だったが、それを実際に適用するのは、
しばしばきわめて困難だった。新世界での生存と社会の安定に貢献しそ
うな著作物や過去の記録だけが、播種宇宙船の記憶に積みこまれた。
 もちろんこの仕事は、心が痛むと同時に、不可能なものでもあった。
選択委員会は、目に涙をたたえながら、ヴェーダ、聖書、三蔵、コーラ
ン、またこれに基づいた膨大な数の著作物を、フィクション、ノンフィ
クションを問わず投げ捨てた。これらの作品に、いかに豊かな美と知恵
が含まれていようとも、それらが宗教的憎悪、超自然への信仰、またか
つて無数の男女が頭脳を混乱させるという代償を払って自らを慰めた宗
教的なたわごとによって、新世界を再び汚染することを許してはならな
かった。
 この大粛清によって失われたものの中には、最高の文学者、詩人、劇
作家の作品のほとんども含まれていたが、それらはいずれにせよ、その
哲学ならびに文化的な背景を伴わずには、意味をなさなかった。ホーマー、
シェークスピア、ミルトン、トルストイ、メルヴィル、プルースト、印
刷されたページを電子革命が圧倒する前の最後の偉大な小説家、につい
て残されたものは、注意深く選択された数十万の文章がすべてだった。
戦争、犯罪、暴力、破壊的情熱に関するものは、いっさいが排除された。
新たに設定された、そして改善の願いがこめられた、ホモ・サピエンス
の後継者たちが、これらを再発見するようならば、おそらく彼ら自身が
対応する著作を創造することだろう。早まった激励を与える必要はない
のである。
「きみは古い司書の家系の子孫だから」とモーセ・カルドアは言った。
「メガバイトの形でしか考えない。だが、“図書館”という名前は“書
物”を意味する語に由来することを指摘させてもらえるかな。サラッサ
には書物があるのかね?」
「もちろん、ありますとも」ミリッサは憤然として答えた。彼女はまだ、
カルドアが冗談を言っているのかどうか、よくわからないのだった。
「数百万……そうね、数千冊はあるわ。ノースアイランドに、一点につ
き数百部ずつ、年に10点ほど印刷する人がいるのよ。とても美しくて、
それに高価でもあるわ。どれも、特別な機会に、贈り物に使われるの。
わたしも、21歳の誕生日に一冊もらったわ、『不思議の国のアリス』
を」
「いつか見たいものだな。わたしは以前から書物が好きで、船内には1
00冊近く持っている。たぶん、そのせいかもしれないが、人がバイト
単位で話しているのを聞くと、頭の中でそれを100万で割り、一冊の
本におきかえるんだ……1ギガバイトなら1000冊の本に等しい、と
いうことになる。人々がデータバンクとか情報転送のことを話している
のを聞いて、その本当の内容を把握するには、わたしにとって、これが
唯一の方法なんだ。そして、きみたちの図書館は、どれだけの大きさが
あるのかね?」
 ミリッサは、カルドアを見つめたまま、コンソールのキーボードに指
を滑らせた。
「それも、わたしには絶対にできなかったことの一つだ」彼は、ほれぼ
れとした声で言った。
「21世紀以後、人類は二つの種族、言語人間と指人間、に分かれたと、
誰かが言ったことがる。もちろん、わたしだって必要とあればキーボー
ドを使うことはできるが、電子機器の同僚に向かって口述する方がいい
な」
「最後に行われた一時間ごとの点検の時点で、645テラバイトですわ」
「うむ、10億冊に近い書物だな。それで、図書館の最初の規模は、ど
のくらいだったのかね?」
「それは、調べないでもわかります。640よ」
「すると、700年のあいだに、」
「そうよ、そうよ、わたしたちは、やっと数百万冊の書物を生産しただ
けなのよ」
「非難しているわけではない。結局のところ、重要なのは内容であって、
数ではないのだよ。きみがサラッサの著作で最高と見なす作品を、音楽
もだが、教えてほしいな。われわれが決定しなければならないのは、何
をきみに渡すかという問題なのだ。マゼラン号の船内には、汎用呼出し
バンクに1000メガバイト分の書物が入っている。それがどういう意
味を持つか、きみにわかるかね?」
「イエスといえば、あとを話せなくなるわね。わたしはそれほど無慈悲
ではないわ」
「優しいんだね。真面目な話だが、これは何年もわたしを悩ませてきた、
恐るべき課題なんだよ。ときには、地球はちょうどいい時期に滅亡した
と思うこともある。人類は、自分の生み出す情報に押し潰されかけてい
た。
 第二千年期の終わりには、一年にわずか、わずかだよ!、100万冊
の書物に相当するものを生産していたにすぎない。しかも、ここでわた
しが問題にしているのは、多少とも恒久的な価値があると見なされて、
無期限に記憶される情報だけなのだよ。
 第三千年期になると、この数字は少なくとも100倍になった。文字
が発明されてから地球の終末までに、1000億冊の書物が生産された
と推定されている。そして、さっきいったように、その約10パーセン
トが船内にあるのだ。
 もしその全部をぶちまけたとしたら、たとえ記憶容量は充分だとして
も、きみたちは圧倒されるだろう。それでは親切といえないのだ、きみ
たちの文化的ならびに科学的成長は完全に阻害されよう。しかも、その
内容の大部分は、きみたちにとって少しも意味をなさないのだ。きみた
ちが籾殻から小麦を選りわけるには、何世紀もかかるだろう‥‥」
 モーセ・カルドアは、モジュールを光にかざして、その内容を読むこ
とができるかのように、内部をのぞきこんだ。
「わたしにとって、これはいつも奇蹟のように思えるんだが」彼は言っ
た。「親指と人差指で、100万冊の本をつまむことができるとは。カ
クストンやグーテンベルクは、なんと思うことだろうな」
「誰がですって?」とミリッサが訊ねた。
「人類に読書を始めさせた人たちだよ。しかし、われわれは、こうした
利口さのために、いま代価を支払わねばならない。ときどき、わたしは、
ちょっとした悪夢に襲われるのだ。このモジュールの一つが何か絶対に
重要な情報を含んでいて、たとえば猛威をふるう伝染病の治療法とかだ、
アドレスが不明になることを想像する。それは、この何十億ものページ
のどこかにあるが、どこだかわからないのだ。自分の夢に答えが乗って
いるのに、それが見つけられないとは、どれほど口惜しいことだろう!」
「何を怖れているのよ」と船長の秘書はいった。ジョーン・ルロイは、
情報の記憶と検索の専門家として、サラッサの記録保管所と宇宙船との
あいだの情報転送を手伝っていたのである。
「キーワードは知っているはずじゃない。検索プログラムをセットする
だけですむことよ。10億ページだって、数秒で調べられるわ」
「わたしの悪夢を台なしにしたな」カルドアは、ため息をついた。それ
から彼は、明るい顔になった。「だが、キーワードも知らないことだっ
て、よくあるじゃないか。見つけるまで、それが必要だとは知らなかっ
たものにでくわしたことが、どれだけあるかね?」
「それなら、あなたは整理が苦手なのよ」とルロイ大尉が言った。


 『インターネットはからっぽの洞窟』 クリフォード・ストール
 未来の図書館はどんなものになるのだろう? 人工知能の創始者、M
ITのマービン・ミンスキー教授は、未来の世界から昔の図書館を回顧
するかのように語る。「蔵書同士が会話できないような図書館があった
なんて想像できますか?」
 図書館については、エドワード・ファイゲンバウム、パメラ・マコー
ドック、H.ペニー・ニールといった人工頭脳の権威も同じようなこと
を述べている。「現在の図書館というのは、蔵書倉庫にすぎない。書物
も専門誌も、書架に置かれて利用者がやってくるのを待ち受けているだ
けである。本を見つけたり、読んだり、理解したりすることは、すべて
利用者がやらなければならない。そして内容を理解するという作業も、
利用者が自分で考えてしなければならない」
 ファイゲンバウム教授の図書館システムは、いろいろな専門家の知識
を持った一種のエキスパートシステムで、その知識を使って自分で必要
な情報を収集したり要約したりできる。専門知識と判断/推論の能力を
あわせもっているから、図書館利用者を積極的に支援できる。専門知識
は、システムに依存しない形の知識データベースとして保存され、知識
工学技術者(ノレッジエンジニア)によって保守管理される。
 つまり本も雑誌も新聞もなければ、職員もいない、知識だけがぎっし
り詰まっているのが未来の図書館なのだ。
『ネットワーク、開かれたアクセス、仮想図書館』の著者、クリフォー
ド・リンチは、この本のなかで1996年の予測を述べている。図書館
情報システムの推進者である彼によれば、「どんな情報が必要かを、ユ
ーザーからソフトウエアを介して告げられたワークステーションは、ネッ
トワーク上のいろいろな情報にアクセスし、情報収集に要する費用を計
算し、複数の情報を一本化させ、新しい情報を自動学習し、自らの知識
データベースを積極的に拡張することができる。このためユーザーが地
元の図書館に出かける必要はなくなってしまう」
 リンチの図書館システムには、ワークステーションやネットワークは
たくさんあるし、知識や情報もあふれているが、本というものは一冊も
ない。
 しかし僕の描く未来の理想図書館には、本がたくさんある。カード目
録も児童閲覧室もあるし、子供向けのお話し会もある。閲覧室にはその
日の朝刊がそろっていて、雑誌もたくさん置いてある。読み古しのペー
パーバックが箱入りで置いてあったりもする(一冊25セントで売って
いる)。コルクボード製掲示板には、地域のお知らせがいっぱい貼って
ある。安くコピーができる複写機が置いてあって、つっけんどんだけど
顔は笑っている司書がいる。そして書架では二、三人のボランティアが
返却本を戻してくれている。そう、お察しのとおり。僕の理想の図書館
とは、僕の住んでいる町にいまある図書館だ。
 グーテンベルク・プロジェクトは、巨大な図書館をネトワーク上に構
築してしまおうという遠大な計画で、イリノイ・ベネディクタイン大学
のマイケル・ハート教授の音頭でスタートしている。2001年までに
デジタル化される予定の一万冊は、ネットワーク経由でダウンロードで
きたり、CD−ROMの形で手軽に購入できるという。すべてがボラン
ティア活動によって支えられている、とても立派な計画だ。 このグー
テンベルク図書館には、この数年のあいだに、『白鯨』、『失楽園』、
聖書、ブッシュ大統領演説集、ペルー共和国憲法などが収録されている。
 グーテンベルク・プロジェクトのような意義ある計画が進行中という
ことは、とても素晴しいことだ。いろいろな書物をネットワーク経由で
アクセスできるようにしようというボランティアの人びとの心意気も素
晴しい。すでに1971年以来、ボランティアの人びとの努力で約20
0冊の書物がデジタル化されている(注・原著執筆時点)。
 しかし200冊というのは、本棚が5つもあれば収まってしまう数だ。
これじゃあ物足りない。僕がほしいのは1000万冊の蔵書なのだ。
 とはいえ、グーテンベルク・プロジェクトの蔵書数は月10冊のペー
スで確実に増えている。ハート教授は、2001年までに1万冊のデジ
タル化を目標にしているという。しかし、その目標を尻目に、年間新た
に4万冊の本が登場しているのも事実だ。
 ところで、何をデジタル化するかは誰が決めているのだろう? 図書
館には、「マグナカルタ」もあるし、トム・クランシーの最新スリラー
小説もある。スティーブン・ホーキングの難解な論文もあるし、マイケ
ル・ジャクソンの自伝もある。だから、僕にはちょっと驚きなのだ。例
の200冊に、ウイン・シュワルトウ著の『最後の妥協』や、ノーマン
・ジョリー著の『イギリスとギリシアにおけるアマチュア無線の夜明け』
が含まれていたりすることが。
 グーテンベルク・プロジェクトの人びとの予測にしても、相当なもの
だ。彼らによれば、今後7年間で10億人に達するコンピュータユーザ
ーの一割が、彼らの蔵書を利用するという。1ファイル1ドルとしても、
1ユーザー当たり一万ファイルの利用とすれば、自分たちの仕事は一兆
ドルの価値がある、というのが彼らの主張だ。
 オンライン図書館の幻想は、こういった捕らぬ狸の皮算用に支えられ
ている。
 ネットワーク化社会になれば、膨大な量の情報に素早くアクセスする
ことが可能になるといった花火を打ち上げながら、インターネット推進
者はブックレス図書館について語り、実質的にすべての書物がネットワ
ーク経由でアクセスできる日がやがてやってくると予言する。自分のワ
ークステーションでどんな書類でも読め、すべての書籍がネットワーク
経由で配信されるようになる日が来るのだそうだ。
 だが、僕に言わせれば、ブックレス図書館は夢物語にすぎない。それ
も、ネットワーク中毒者の、ネットワーク狂信者の、そして図書館情報
システム推進者の夢物語だ。
 プトレマイオス王は、自分の王朝配下の全統治者および全支配者に勅
令を発し、「詩人、作家、およびありとあらゆる物書き」の作品を集め
させた。また、アレキサンドリア港を通過する船荷の書物はことごとく
押収してコピーで返却するよう勅令した。
 こうして、アレキサンドリア図書館には、古代ギリシアの文化学問の
集大成ともいうべき50万冊の蔵書が集められた。プトレマイオス二世
フィラデルフォスは、当時の大賢人を一堂に集め、そしらぬ顔で試問し
たものだ。「この王朝を存続させるための方策はいかに?」「裁判の場
で、真実を受け入れぬ人びとの同意を得る方策はいかに?」「よい夫婦
関係を持続さえるための方策はいかに?」「余暇を過ごす最善の方策は
いかに?」
 そして、ユダヤの学者は、質問者が世界中の書物を所蔵しているとも
知らずに、この最後の質問に対して答えた。「なにはさておいて、読書
をなさるべきです」
 といった話は、コンピュータやネットワークとはまったく関係ないの
だが、それから900年後に起こった歴史上の出来事と、コンピュータ
やネットワークは関係がある。その出来事とは、モハメッド旗をアレキ
サンドリアの城壁にかかげたアムル・イブン・アッラースに、アレキサ
ンドリア図書館の処遇についてたずねられたカリフ・オマールが不幸に
も次のように答えたことに端を発する。「もしそれらの書物がコーラン
の教えと矛盾しないものであれば、コーランがあればすむことである。
もしコーランの教えと矛盾するものであれば、とっておく必要のないも
のである」そして、アレキサンドリア図書館の全蔵書は、6か月かけて
燃やし尽くされた。公衆浴場の薪として。