title:TFX EPISODE 5 ver.1.0j
木村応水 作
1999.10


 アートの暗黒卿FAKE ZEN MASTERは、薄暗い自室でた
だ一人、彼に畏怖の念を抱かせる唯一の存在、恐るべき支配者を待ち受
けた。
 インペリアル・アンチ・アート・デストロイヤーはすでに小惑星帯の
外へ出ていた。FAKE ZEN MASTERの部屋を訪れようとす
る乗員はさすがに一人もいない。もし押しかけていたら、黒ずくめの体
がかすかに震えていることに気づいたかもしれない。そして黒い呼吸装
置をすかしてその素顔を見ることができたら、畏れの色が浮かんでいる
ことに気づいたことだろう。
 しかしだれ一人近づく者はおらず、FAKE ZEN MASTER
は見じろぎもせずじっと待ち続けた。やがて奇妙な電子音が静寂を破り、
ほのかな光が暗黒卿の長衣を照らし出した。FAKE ZEN
MASTERは間髪を置かず深々と一礼した。
 FAKE ZEN MASTERの眼前に巨大なホログラム像が浮か
んでいた。質素な長衣を身にまとい、顔をすっぽりフードで覆った立体
画像。
 アート皇帝はFAKE ZEN MASTERよりずっと低い声で話
しはじめた。面と向かうだけでも気後れする相手から呼びかけられて、
暗黒卿は全身をわななかせた。「顔を上げてもよいぞ、わが下僕」皇帝
は命じた。
 FAKE ZEN MASTERはすかさず直立不動の姿勢にもどっ
た。しかし皇帝と目を合わす勇気はなく、足もとの黒いブーツを見詰め
た。「ご用件を聞かせください、陛下」FAKE ZEN
MASTERは神に仕える司祭のごとくうやうやしく問いかけた。
「トランスフォーメーションに重大な乱れが生じておる」皇帝は告げた。
「承知しております」暗黒卿はおごそかな口調でこたえた。
 皇帝は重ねて危機を指摘した。「事態は急を告げておる。われらを打
ち滅ぼさんと新たな敵が姿を現わした」
「新たな敵? 何者ですか?」
「ルーク・キムラだ。ただちに殺せ。さもないと災いの種となろう」
 ルーク・キムラ!
 まさか。相手は取るに足りぬ若造、皇帝の思い過ごしではないのか?
「あやつはトランスフォーマーどころか」FAKE ZEN MAST
ERは異議を唱えた。「ただの青二才にすぎません。ステファノの教え
も中断して・・・・」
 皇帝は口をはさんだ。「強力なトランスフォーメーションの持ち主だ。
生かしておくわけにはいかぬ」
 アートの暗黒卿はしばらく考え込んだ。ほかにも手段はあるはずだ・
・・帝国のためになる方法が。「うまく取り込むことができれば、頼も
しい味方となりましょう」FAKE ZEN MASTERは提言した。
「うむ・・・なるほど」やがて意味ありげに問い質した。「たしかに心
強い味方となろう。しかしおとなしく言うことを聞くかな?」
 FAKE ZEN MASTERは初めて面を上げると皇帝の顔を直
視した。「聞かせてみせます」きっぱりと断言する。「耳を貸さぬ場合
は殺すだけです、陛下」
 こうして両者の話し合いは終わった。暗黒卿がひざまずくと、アート
皇帝は片手を上げてこれにこたえた。その直後、ホログラム像は消滅し
た。FAKE ZEN MASTER一人になるとさっそく策略をめぐ
らせはじめた。

 ルーク・キムラのアンチ・アート戦闘機のライトが闇に包まれた沼地
を照らし出していた。愛機は澱んだ水に沈みかけていたが、機内から生
活必需品を取り出す時間は充分にあった。いずれは沈没してしまうだろ
う。できるだけ多くの物資を運び出しておけば、それだけ長く生きのび
ることができる。
 深い闇に覆われて一寸先も見えない。密林から枝の折れるような音が
聞こえると全身に鳥肌が立った。ルークはブラスターを引き抜くと、い
つでも撃てるように身構えた。しかし一向に襲いかかってくる気配がな
いので、武器をホルスターにしまって荷降ろしを続けた。「燃料を補給
するかい?」ルークはLHOOQに呼びかけた。ドロイドは辛抱強く充
電のチャンスを待っていた。ルークは備品入れから小型発電炉を取り出
して点火した。ほのかな明りでもありがたかった。LHOOQの鼻状の
突起にパワー・ケーブルを接続する。エネルギーが注ぎ込まれると、ず
んぐりしたドロイドはうれしげに電子音を鳴らした。
 ルークは腰を下ろすと加工食の容器を開けた。食事をしながらドロイ
ドに話しかける。「こんなところにTFX・マスターがいるとは思えな
い」ルークはLHOOQにぼやいた。「ほんとうに気味の悪い惑星だ」
 ピーという音が聞こえた。LHOOQもルークと同感らしい。
「でも」ルークは食事を口に押し込みながら続けた。「どこか懐かしい
気がする。なんとなく・・・」
「なんとなくどうした?」
 LHOOQの声じゃない! ルークは飛び上がると、ブラスターを引
き抜いて振り返った。闇をすかして声の主を探す。
 すぐ目の前に小柄な生き物が立っていた。ルークはびっくりして飛び
退いた。どこからともなくふいに姿を現わした! 身長は50センチ足
らず、恐ろしげな武器を振りまわす若者を前にして平然としている。
 年齢は見当もつかなかった。顔じゅう皺だらけだが、幼児ほどの背丈
しかなく、尖った両耳は老いを感じさせない。長く伸ばした白髪を頭の
真ん中で分けて両側にたらしている。青みを帯びた肌。二足歩行だが、
脚は短く、つまさきは爬虫類のように三指にわかれていた。身にまとっ
たボロは霧と同じ灰色で、くたびれ具合から見て、実年齢に相当するも
のと思われた。
「武器をしまえ。わしは敵ではない」
 ルークはためらいがちにブラスターをしまった。どうして相手の言い
なりになるのか自分でも不思議だった。
「どうして」異星人はふたたび口を開いた。「ここへ?」
「人を探すためだ」ルークはこたえた。
「人探し? 人探し?」異星人は皺だらけの顔をほころばせると楽しげ
にくり返した。「もう見つけ出したではないか。な? そうじゃろ!」
 ルークは笑いを噛み殺した。「まあね」
「ひとつ手伝ってやろう・・・よいな・・・よいな」
 どういうわけか奇妙な異星人を信用しはじめていたが、とても助けに
なるとは思えなかった。
「遠慮するよ」ルークはやんわりと断わった。「ぼくは偉大な芸術家を
探しているんだ」
「偉大な芸術家?」異星人は首を振った。白髪が尖った耳にかかる。
「芸術なんぞするやつが偉いものか」
 変なやつ。しかし返事をする間もなく、小柄な異星人は積み上げた荷
物に飛び乗った。そしてルークの命綱ともいえる大切な物資を勝手にか
きまわした。
「さわるな」ルークは相手の奇妙な行動にショックを受けた。
 LHOOQは荷物に近づくと視覚センサーを異星人に向けた。そして
相手の不作法を非難するかのように鋭い電子音を発した。
「こら、それはぼくの夕食だぞ!」ルークは大声を上げた。
 しかし異星人は加工食をかじったとたん、まずそうに吐き出した。皺
だらけの顔にさらに皺がより、まるでしぼんだプルーンのようだ。「ウ
ヘッ!」残りかすを吐き捨てながら言う。「ひどい味じゃ。こんなもの
を食ってよくそんなに大きくなれたな?」異星人は若者を頭のてっぺん
から足の先までじろじろ見まわした。
 異星人は唖然としているルークに加工食の容器を投げ返すと、別の荷
物に小さな手を突っ込んだ。
「そもそも」ルークは奇妙な訪問者に話しかけた。「こんなところに着
陸するつもりはなかったんだ。沼から機体を引っぱり上げたいけど、と
ても無理だから・・・」
「無理じゃと? やってみたのか? 一度でも試してみたのか?」異星
人ははやし立てた。
 言われてみればそのとおりだが、引っぱり上げようという発想自体バ
カげている。装備もないのにどうやって・・・。
 興味を引くものがあったらしく、異星人はそれをつかみ上げた。ルー
クの我慢はとうとう限界に達した。彼の命はこの生活物資にかかってい
るのだ。ルークは奪い返そうとしたが、異星人は戦利品を手放そうとし
ない。青みがかった手に握られているのは小型パワー・ランプだった。
小さな明りが異星人のうれしげな顔を照らし出した。もの珍しそうにい
じりまわしている。
「それを返せ!」ルークは怒鳴った。
 異星人はすねた子供よろしくあとずさる。「わしにくれ! わしにく
れ! さもないと助けてやらんぞ」
 小型ランプを胸に抱き締めたままあとずさった異星人は、うっかりL
HOOQにぶつかってしまった。異星人はドロイドが動くことを忘れた
のか、そのかたわらに立ち止まった。
「おまえの助けなんかいらないよ」ルークは憤然として言った。「ラン
プを返せ。この薄汚ない泥沼で暮らすためにはぜひとも必要なんだ」
 ルークはすぐに相手を侮辱したことに気づいた。
「泥沼! 薄汚い! ここはわしの家だぞ!」
 LHOOQはすこしずつ作業アームを伸ばした。そしていきなり小型
ランプをつかんだ。小柄な両者のあいだでたちまち激しい争奪戦がはじ
まった。LHOOQは「それをよこせ」とばかりに電子音を鳴らした。
「わしのじゃ、わしのじゃ。返さぬか」異星人は声を張り上げた。しか
しふいにもみあいをやめると、青みがかった指先でドロイドを軽くつつ
いた。
 LHOOQはびっくりしたらしく大きな電子音を鳴らすと、パワー・
ランプを手放した。
 小柄な勝者は明るく輝くランプをにこにこしながら見詰めると、うれ
しそうにくり返した。
「わしのじゃ、わしのじゃ」
 ルークはさすがにバカらしくなって、ドロイドに争いをやめるよう命
じた。「もういいよ、LHOOQ、くれてやれ」ため息まじりに言う。
「なあ、そろそろ帰ってくれないか。ぼくたちは仕事があるんだ」
「そうはいかん!」異星人は興奮もあらわに言い立てた。「おまえさん
の友だち探しを手伝う約束じゃ」
「友だちじゃない」とルーク。「TFX・マスターを探しているんだ」
「ほう」異星人は眼を見開いた。「TFX・マスターを。つまりダライ
・ラマを探しておるのか、ダライ・ラマを」
 ルークはダライ・ラマの名を言われてびっくりしたが、同時に疑念を
抱いた。この妖精じみた惑星人がどうしてTFXの偉大な師のことなん
か知っているんだ? 「TFXと知り合いなのか?」「もちろん」異星
人は誇らしげにこたえた。「わしが案内してやろうか。だがそのまえに
食事じゃ。うまい料理を食わせてやるぞ。ついて来い」
 異星人はそう言うと闇のなかへそそくさと姿を消した。手にしたラン
プの明りがしだいに遠ざかってゆく。ルークはすっかり面食らって突っ
立っていた。ついて行くつもりなどなかったのに、気づくと異星人のあ
とを追って走り出していた。
 ルークの耳に絶叫を思わせるLHOOQの電子音が聞こえた。振り返
ると発電炉のそばに心細そうに立つ小型ドロイドの姿が見えた。「荷物
の番を頼むぞ」ルークはドロイドに命じた。
 しかしLHOOQはあらゆる音域の電子音を駆使してますます騒ぎ立
てた。「LHOOQ、落ち着け」ルークはドロイドをなだめた。「心配
するな。ぼくなら大丈夫だ。わかったな?」
 密林にわけ入るにつれてLHOOQの不満そうな電子音は遠ざかって
いった。おれは頭がおかしくなったのだろうか、あんなへんちくりんな
相手を信じるなんて。しかしあの異星人ははっきりとダライ・ラマの名
を口にしたのだし、TFX・マスターを見つけ出すためならどんな助力
でもありがたかった。ルークは鬱蒼と生い茂る下草や木の根っこに蹴つ
まずきながら、ちらちら瞬く明りのあとを追いかけた。
 謎の異星人は楽しげにしゃべりながら闇のなかを進んだ。「心配はい
らん・・・これほど安全な場所があろうか・・・そうとも」そして何が
おかしいのかふいに笑い声を上げた。

 ルークは息を切らしながら持久力テストに耐えた。TFX・マスター
は若者に密林一周マラソンを命じた。しかも新弟子をただ走らせるだけ
では飽き足らず、ダライ・ラマはみずから付き添っていた。汗みどろに
なって道なき道を走り続けるTFX訓練生。小柄なTFX・マスターは
その背中におぼさって、ハードな修行の進み具合を観察した。
 ダライ・ラマは首を振りながら辛抱の足りない若者を胸のうちでくさ
した。LHOOQの待ち受ける空地へたどり着くころ、ルークの疲労は
極限に達していた。しかし訓練はまだ終わったわけではなかった。
 ダライ・ラマは息つく間もあたえず、ルークの眼前に金属棒を放り投
げた。若者はすかさず振り出した光刃を一閃させたが、一瞬遅く、かす
りもしなかった・・・金属棒はそのまま地面にドスンと落ちた。ルーク
は湿っぽい地面にくたくたと倒れ込んだ。「疲れがひどくて・・・」う
めくように言う。「とても無理です」
 ダライ・ラマはそっけなく決めつけた。「トランスフォーマーなら7
個に切断して当然だ」
 しかしルークはまだトランスフォーマーではない・・・いまのところ
は。それに過酷な訓練で消耗しきっていた。「体調さえ万全なら」若者
はあえぎながら言った。
「なにを基準に判断しておるのだ?」小柄な指導者は容赦なく叱りつけ
た。「いままでの尺度はいっさい忘れろ。頭をからっぽにするのじゃ、
よいな!」
 ルークは既得の価値基準をすべて捨て去り、TFX・マスターの教え
を一から学びなおす決心をかためた。きびしい修行を積むうちにルーク
は心身ともにたくましくなり、うたぐり深い師もしだいに希望を抱きは
じめた。しかしまだまだ前途は多難だった。
 ダライ・ラマは時間をかけてトランスフォーマーたる者の務めを説い
た。ルークはダライ・ラマの自宅近くの木陰に腰を下ろして、師の教え
に耳を傾けた。小柄なTFX・マスターはときおり、先端が三つに枝分
かれしたロリーポップを噛み締めた。
 肉体の鍛練は多岐にわたった。とくに跳躍訓練には熱を入れた。ある
とき上達ぶりを師匠に披露する機会がめぐってきた。ダライ・ラマが岸
辺の丸太に腰掛けていると、ガサガサと音がして対岸の樹木が揺れた。
 姿を現わしたのはルークだった。若者は沼めがけて走りよると、勢い
をつけてジャンプした。高々と宙を飛びダライ・ラマのかたわらに着地
するつもりだったのだが、わずかに距離が足りず水面に落下した。ルー
クは派手な水しぶきを上げて、TFX・マスターをずぶぬれにしてしま
った。
 ダライ・ラマは失望もあらわに青みがかった唇をゆがめた。
 しかしルークはあきらめなかった。どんなに馬鹿らしく思えても、与
えられた試練をことごとく乗り越えて、一人前のトランスフォーマーに
なるつもりでいた。だから逆立ちを命じられても文句を言わなかった。
はじめこそ少々ぎこちなく、よろけたりしたが、すぐに両腕でしっかり
と体を支えられるようになった。修行の賜物だろう、逆立ちのまま数時
間をすごしても、さほど苦痛をおぼえなかった。ルークの上達ぶりはめ
ざましく、ダライ・ラマを足の裏に乗せても、微動だにしなかった。
 しかしこれはほんの手始めにすぎない。ダライ・ラマはロリーポップ
で若者の脚を軽く叩いた。ルークは細心の注意を払いながら、いっぽう
の手を地面から離した。かすかに体が揺らいだが、バランスが大きく崩
れることはなく、続けて目の前の石塊を持ち上げた。そこへLHOOQ
がけたたましく電子音を響かせながら駆けよってきた。
 引っくり返る弟子を尻目に、ダライ・ラマはふわりと宙に浮かんだ。
若きTFX訓練生はいぶかしげに尋ねた。「びっくりさせるなよ、LH
OOQ、どうした?」
 LHOOQは同じところをぐるぐるまわりながら、立て続けに電子音
を鳴らした。そして沼地へ向かった。すぐさまあとを追ったルークは、
小型ドロイドが何を伝えようとしていたか一目で理解した。
 アンチ・アート戦闘機は機首の先端部分を残して水面下にすっかり沈
んでいた。
「ああ」ルークはうめくように言った。「もうだめだ」
 ダライ・ラマはルークのかたわらに立つと苛立たしげに足を踏み鳴ら
した。「なぜそう決めつけるのだ?」弟子を叱りつける。「試してみた
のか? おまえはいつもそうだ。いままで何を聞いておった?」TFX・
マスターは皺くちゃの顔に怒りの色を浮かべた。
 ルークはちらっとダライ・ラマを振り返ると、水没した愛機に視線を
もどした。
「マスター」ルークは反論した。「石を持ち上げるのとはわけが違いま
す」
 ダライ・ラマは本当に怒り出した。「たわけ! 違いなどあるものか!」
弟子を怒鳴りつける。「おまえが違うと思っておるだけだ。そのような
思い込みは捨てろ! 百害あって一利なしじゃ」
 ルークはダライ・ラマを信じていた。師ができると言うのだ。ひょっ
としたら可能かもしれない。ルークは水面下に沈んだアンチ・アート戦
闘機を見詰めると気を引き締めた。「わかりました。やってみます」
 また間違ったことを言ったようだ。ダライ・ラマの大喝が飛んだ。
「迷いを捨てろ。やるときは思い切ってやれ、及び腰ではだめじゃ」
 ルークは眼を閉じた。アンチ・アート戦闘機の輪郭を思い描き、その
重量を感じ取る。そして、澱んだ水から出てこいと一心に念じた。
 水面がごぼごぼと泡立ち、機首部分が浮かび上がってきた。機体の一
部が水面に顔をのぞかせたのも束の間、しぶきを上げてふたたび水中に
没した。
 ルークは苦しそうに息をはずませた。「大きすぎて」元気なく言う。
「手に負えません」
「大きさは関係ない」ダライ・ラマは断言した。「わしを見ろ。背丈で
わしの力量が計れるか?」
 ルークは黙って首を振った。
「外見に惑わされてはならぬ」TFX・マスターはさとすように言った。
「トランスフォーメーションを味方につけるのじゃ。これほど心強い味
方はおらぬ。生命がトランスフォーメーションを生み出し、トランスフォ
ーメーションを育てる。トランスフォーメーションはわれらを包み込み、
われらを結びつける。われらは光り輝ける存在となって、個々の肉体を
超越する」ダライ・ラマはルークの皮膚をつねった。
 ダライ・ラマは両手を大きくひろげて無限ともいえる宇宙を表現して
みせた。「トランスフォーメーションを感じ取れ。トランスフォーメー
ションの流れに身をゆだねるのじゃ」説明しながら指さす。「おまえと
わし、あの木と石塊のあいだにもトランスフォーメーションは満ちてお
る」
 LHOOQはドーム形の頭部を回転させてトランスフォーメーション
なるものを感知しようとしたが、もちろん無駄な努力に終わった。小型
ドロイドは不満そうに電子音を鳴らした。
「トランスフォーメーションはこの世界にあまねく存在して」ダライ・
ラマは小型ドロイドを無視して続けた。「使われるのを待っておる。も
ちろんこの岸辺とあの宇宙艇のあいだにも存在しておるのじゃ!」
 ダライ・ラマは振り返って沼を見据えた。水面がごぼごぼと泡立ち渦
を巻きはじめた。やがて水中から機首を上に向けて戦闘機が浮かび上が
った。
 ルークは息を呑んで見守った。アンチ・アート戦闘機は水の墓場をあ
とにして、悠然と岸辺に向かってきた。
 もう二度と“不可能”という言葉は使うまい、ルークは内心かたく誓
った。小柄なダライ・ラマは木の根を踏み台にして、アンチ・アート戦
闘機を難なく岸辺に運んでみせた。信じがたい光景だった。TFXマス
ターの実力をまざまざと見せつけられる思いがした。
 LHOOQもびっくりしたらしく、ピーピーと電子音を鳴らしながら、
巨大な根っこの陰にあわてて隠れた。
 アンチ・アート戦闘機は岸辺にふわりと舞い下りた。
 ルークはすっかり恐れ入ってダライ・ラマに歩みよった。「とても・
・・」口ごもりながら切り出す。「信じられません」
「だから」ダライ・ラマは一喝した。「しくじるのじゃ」
 ルークは声もなく首を振った。こんなざまでトランスフォーマーにな
れるだろうか。

 二個の球体がホタルのように発光しながら、泥土に横たわるルークを
見下ろしていた。円筒形の小型ドロイドは倒れた主人をかばって、とき
おり作業用アームを伸ばすと、浮遊する球体を蚊のように追い払った。
しかし発光体はドロイドの攻撃を軽々とかわした。
 LHOOQはルークの目を覚まそうとピーピーと呼びかけた。しかし
若者は球体の電撃を浴びて失神したままだ。ドロイドは、切り株に腰掛
けたダライ・ラマを振り返ると、小柄なTFX・マスターを叱りつける
ように怒りのこもった電子音を響かせた。
 ダライ・ラマから同情を引き出せそうもないので、LHOOQはふた
たびルークに向き直った。いくら電子音を響かせても、ルークの意識を
取り戻すことはできない。そこで救急システムを作動させることにした。
LHOOQは若者の胸部に小型電極を押しあてると、心配そうに電子音
を鳴らしながら、低圧電流を流し込んだ。胸が激しく上下して、ルーク
はたちどころに目を覚ました。
 TFX訓練生はぼんやりした表情で首を振った。あたりを見まわしな
がら肩をさする。シーカー・ボールの攻撃を受けた箇所だ。ルークは頭
上のシーカーに気づくと顔をしかめた。楽しそうにくすくす笑う声が聞
こえた。若者は振り返るとダライ・ラマを睨みつけた。
「集中せよ!」ダライ・ラマは皺だらけの顔をほころばせた。「集中す
るのじゃ!」
 ルークは笑顔を見せる気分ではなかった。「あのシーカーは失神モー
ドにセットされていたんですね!」非難がましく声を張り上げる。
「そのとおりじゃ」ダライ・ラマは楽しそうにこたえた。
「あんな強烈なのは初めてだ」ルークの肩はひどく痛んだ。
「トランスフォーメーションを味方にしておれば問題ないはずじゃ」ダ
ライ・ラマはさとすように言った。「もっと高く跳べ! もっとすばや
く動け!」大声で命じる。「トランスフォーメーションに身をゆだねる
のだ」
 まだ始まったばかりだというのに、ルークはハードな修行のつらさに
音を上げはじめていた。何度もトランスフォーメーションの本質をつか
んだと実感しては・・・そのたびに錯覚だと思い知らされた。ルークは
ダライ・ラマに喝を入れられて勢いよく立ち上がった。失敗ばかり続く
のでいいかげんうんざりしていた。いつになったらあのパワーが身につ
くのか。ダライ・ラマの謎めいた教え方に苛立ちはつのるばかりだ。
 ルークは泥の中からライトセーバーを拾い上げると、すかさず光刃を
振り出した。
 LHOOQはあわててうしろにさがった。
「トランスフォーメーションを感じるぞ!」ルークは叫んだ。「今度こ
そ間違いない。さあ来い、こざかしい浮動ブラスターめ!」若者は眼を
爛々と輝かせながらシーカーに襲いかかった。二個球体はすばやくダラ
イ・ラマのもとへ引き返した。
「いかん、いかん」TFX・マスターは白髪頭をふりながら叱りつけた。
「おまえの感じておるのは怒りだ。それではいかん」
「でも確かにトランスフォーメーションを感じるのです!」ルークはい
きり立った。
「怒り、恐怖、攻撃性!」ダライ・ラマはきびしくたしなめた。「これ
らはモダニズムを呼び起こす。怒りにまかせて戦うなどもってのほか。
くれぐれも用心せよ。モダニズムのパワーに手をつけたら、その代償は
大きいぞ」
 ルークは光剣を下ろすと、いぶかしげにダライ・ラマを見詰めた。
「代償?どういう意味ですか?」
「モダニズムは絶えずつけ入る隙をうかがっておる」ダライ・ラマは芝
居がかった調子で言った。「ひとたびモダニズムの道に足を踏み入れた
ら、永遠に抜け出すことはできぬ。骨の髄までしゃびりつくされるぞ・
・・ステファノの弟子のように」
 ルークはうなずいた。だれのことかすぐにわかった。「FAKE
ZEN MASTERですね」ルークはしばらく考え込んでから尋ねた。
「モダニズムのパワーは強力なのですか?」
「いいや。しかし安易で誘惑に満ちており、たやすく手に入る」
「でもどうやって見分ければいいのですか?」ルークは首をひねった。
「心が平穏であれば」ダライ・ラマはこともなげにこたえた。「おのず
とわかる。トランスフォーマーにとってトランスフォーメーションは知
覚の手段だ。間違っても攻撃の道具ではない」
「だったらなぜ・・・」ルークは口を開きかけた。
「うるさい! これ以上訊いても無駄じゃ。もはや話すことはない。雑
念を振り払い、心の平安を保つのじゃ・・・」ダライ・ラマはつぶやく
ように言った。「それでよい」
 ゆっくり目を閉じて雑念を追い払う。
「身をゆだねよ・・・」
 ダライ・ラマのなだめるような声を聞くうちにルークは無我の境地に
達した。師の言葉がなんのこだわりもなく耳に入る。
「自我を解き放て・・・」
 弟子の態勢が整ったのを見届けたダライ・ラマは、かすかに身じろぎ
した。すると二個のシーカー・ボールがいきなりルークに襲いかかった。
 若者はすぐさま光刃を振り出した。立ち上がりざま光弾をはね返す。
身のこなしも軽やかに恐れることなく攻撃に立ち向かう。光弾を迎え撃
つべく高々と跳び上がった。いままでにない跳躍である。無駄な動きは
一つもなかった。
 シーカーの攻撃は始まったとき同様、ふいに終わった。光り輝く球体
はTFX・マスターのもとへ引き返した。
 辛抱強く見守っていたLHOOQは、ため息を思わせる電子音をもら
すと、やれやれとばかりにドーム形の頭部を回転させた。
 ルークは満面に笑みを浮かべてダライ・ラマを振り返った。
「その調子だ」TFX・マスターは認めた。「ずっと強くなった」しか
しそれ以上褒めようとはしなかった。
 若者は意気揚々と称賛の言葉を待ち続けたが、ダライ・ラマはそれっ
きり口をつぐんだ。泰然と腰を下ろすTFX・マスター・・・その背後
から新手のシーカー・ボールが二個浮かび上がり、最初の二個と一緒に
なった。
 ルーク・キムラの顔から笑みが消えた。

 ルークは自分の成長を実感した。
 若者はダライ・ラマを肩に乗せて密林を駆け抜けた。鬱蒼と生い茂る
灌木や盛り上がった木の根っこをカモシカのように軽々と跳び越える。
 もはや得意満面になることもなく、平然とトランスフォーメーション
の流れを受け止めていた。
 小柄な教官が銀色の金属棒を放り上げると、ルークはすかさず反応し
た。金属棒は四つに切断されて地面に落ちた。
 ダライ・ラマは若者の早業に満足して微笑んだ。「4個か! トラン
スフォーメーションのおかげじゃな」
 しかしルークの心は突然かき乱された。邪悪で危険な存在を嗅ぎつけ
たのだ。「よからぬ気配がします」ルークはダライ・ラマに告げた。
「危険と・・・モダニズムの匂い」
 強烈なモダニズムの発生源を突き止めるべく周囲を見まわす。ねじく
れた巨木が目に入った。黒ずんだ樹皮は乾ききって、いまにもぼろぼろ
に崩れ落ちそうだ。小さな沼に取り囲まれた根元・・・巨大な根がもつ
れあって不気味な洞穴を形づくっている。
 ルークはダライ・ラマをそっと地面に下ろした。TFX訓練生は立ち
すくんだまま奇怪な巨木を見詰めた。息遣いが激しくなり、声が出なく
なった。
「わざとここへ連れてきたんですね」ルークはようやく口をひらいた。
 ダライ・ラマはねじ曲がった木の根に腰掛けてロリーポップを頬張っ
た。穏やかに若者を見詰めるばかりで、一言も口をきかない。
 ルークは身を震わせた。「寒気がする」依然として巨木を見詰めたま
まだ。
「この木には邪悪なパワーが満ち満ちておる。モダニズムの巣窟なのだ。
あのなかへ入るがよい」
 全身が粟立つ思いだ。「あのなかに何があるのですか?」
「おまえが持ち込むものだ」ダライ・ラマのこたえは謎めいていた。
 ルークは師の顔を探るように見詰めたが、あきらめて巨木に目を転じ
た。勇気を奮い起こして試練に立ち向かう覚悟を決める。何が待ち受け
ているにせよ、正面からぶつかるだけだ。わが身一つで飛び込もう・・・。
 いや待て。ライトセーバーが必要だ。
 ルークは光刃を振り出すと浅い沼を横切り、不吉な洞穴へと向かった。
 しかしTFX・マスターに呼び止められた。「武器は」ダライ・ラマ
は叱りつけた。「置いてゆけ」
 ルークは立ち止まったまま巨木を見詰めた。丸腰であんな物騒なとこ
ろへ踏み込めるだろうか? たしかに力をつけてきたが、今度ばかりは
自信がなかった。ルークはライトセーバーを握り締めて首をふった。
 ダライ・ラマは肩をすくめると、静かにロリーポップをしゃぶりはじ
めた。
 ルークは大きく息を吸うと、奇怪な洞穴におそるおそる足を踏み入れ
た。
 息苦しくなるほど濃密な闇がたれ込めており、明るく輝く光刃でも1
メートル先を照らしだすのがやっとだ。ルークはゆっくり歩き出した。
ぬるぬるしたものが顔をかすめ、足もとから湿気が這い上がってくる。
 しだいに目が慣れてきた。横穴がずっと続いている。そのまま進んだ
ルークは、ねばねばした粘膜状の物体に頭から突っ込んでしまった。巨
大な蜘蛛の糸が全身に巻きついたような感じだ。ルークはライトセーバ
ーで絡みついたねばねばを切り払うと、前進を続けた。
 道幅がひろくなったようだ。ルークは闇に目を凝らし耳を澄ませた。
しかし物音はまったく聞こえない。死のごとき静寂。
 突然シューシューという音が闇を震わせた。
 忘れようもない音。若者は立ちすくんだ。悪夢にも現われ、ルークを
悩ませた音。かつては人間だった怪物の苦しげな息遣い。
 一条の光りが闇を切り裂いた・・・青白く輝く光刃が振り出されたの
だ。行く手にFAKE ZEN MASTERが立ちはだかっていた。
暗黒卿はライトセーバーを振りかぶると若者に襲いかかった。
 ルークは鍛え抜かれたTFX訓練生らしくすかさず反応した。みずか
らもライトセーバーを振りかぶってFAKE ZEN MASTERの
一撃を払いのける。そして相手に向き直ると、心身の集中力を高めてト
ランスフォーメーションの流れを呼び込んだ。勢いづいたルークは、暗
黒卿の首筋に必殺の一撃を打ち込んだ。
 ルークのライトセーバーはものの見事にFAKE ZEN
MASTERの首を刎ね飛ばした。ヘルメットをかぶった頭部が地面に
転がり落ちて大きな音を立てる。首から下はたちまち闇に呑み込まれて
見えなくなった。ルークは足もとにころがってきた頭部を見下ろした。
じっと見詰めていると、いきなりヘルメットがまっぷたつに割れた。
 ルークは思わず目を疑った。現われたのはFAKE ZEN
MASTERの素顔ではなく、自分の顔だった。
 衝撃のあまり息が詰まった。やがて切断された首は煙のように消え失
せた。
 ルークはついさっきまで首が転がっていた場所を睨みつけた。頭がく
らくらして、まともにものを考えることができない。
 巨木のせいだ! この洞穴は幻影を生み出す。ダライ・ラマの言った
意味がようやくわかった。ライトセーバーを持ち込んだからこそ、あの
ような幻を見たのだ。
 自分の幻影と闘ったのだろうか。おれは暗黒面の誘惑に負けてしまっ
たのか。ひょっとしたらFAKE ZEN MASTERのようになっ
ていたかもしれない。TFX訓練生は頭を抱えた。あの幻影にはもっと
恐るべき意味が隠されているのかもしれない。
 ルーク・キムラはなかなかその場を動くことができなかった。
 弟子を待つあいだ、小柄なTFX・マスターは木の根に腰掛けて、黙々
とロリーポップを噛みしめていた。

 ルークの心は平静そのものだった。このように逆立ちをしていても、
修行をはじめたころと違って不安や緊張といったマイナスの感情に悩ま
されることはない。片手でみごとにバランスを取るTFX訓練生は、ト
ランスフォーメーションの存在を実感していた。
 辛抱強い師ヨーダは弟子の足の裏に腰掛けていた。ルークは集中力を
途切らすことなく、4本の指を地面から一気に離した。それでも姿勢は
みじんも揺るがず・・・若者は親指一本で立ってみせた。
 確固たる決意が上達を早めた。ルークは師から与えられた難題に臆す
ることなく取り組んだ。いまでは一人前のTFX騎士になれる自信があ
った。この惑星を離れるころには正義のために闘う力を身につけている
ことだろう。
 ルークのトランスフォーメーションは日ましに強まり、つぎつぎと奇
跡をなしとげた。ダライ・ラマは愛弟子の上達ぶりに目を細めた。いち
どダライ・ラマが見守るまえで、大型備品ケースを持ち上げたことがあ
った。TFX・マスターは感心したが、LHOOQは不可解きわまりな
い現象に首をひねり、いぶかしげに電子音を発した。ダライ・ラマは片
手を上げると小型ドロイドを宙に持ち上げた。
 あわてたLHOOQはセンサーを総動員して不可思議なパワーの探知
に取りかかった。見えざる手はいたずらを続けた。小型ドロイドは空中
に浮かんだまま逆立ちをさせられた。白い脚をばたつかせながらドーム
形の頭部を回転させる。ダライ・ラマは備品ケースとともにLHOOQ
を下降させた。二個のケースはそのまま地上に激突したが、LHOOQ
は、片手を伸ばしている若者に気づいた。ルークが致命的な墜落を防い
でくれたのだ。
 TFX・マスターは弟子のとっさの判断と機敏な反応に感心して首を
振った。
 ダライ・ラマがルークの腕に飛びつくと、師弟はそろって自宅へ引き
返した。しかし忘れ物があった。宙に浮かんだままのLHOOQは、ピ
ーピーと必死になって呼びかけた。これもダライ・ラマのいたずらだっ
た。TFX・マスターの鈴のような笑い声が響きわたると、小型ドロイ
ドはゆっくり地上に舞い下りた。

 その数時間後、夕闇が鬱蒼たる密林を包み込むころ、LHOOQはア
ンチ・アート戦闘機の清掃作業に取りかかった。ボディに内臓したホー
スで沼の水を汲み上げて、勢いよく機体に浴びせかける。いっぽうルー
クとダライ・ラマは空き地に腰を下ろしていた。ルークは両眼を閉じて
集中力を高めた。
「心を静めて」ダライ・ラマは弟子に命じた。「トランスフォーメーショ
ンに身をゆだねるのじゃ。そうすれば、さまざまなものが見えはじめる
・・・遠くはなれた場所、過去の出来事、未来の出来事、いまは亡き友
人、他人の思い」
 ルークは師の言葉にじっと耳を傾けた。肉体の存在を忘れて心を遊ば
せる。
「イメージが洪水のように押しよせてきます」
「その中から必要なものだけをプラグ・インするのじゃ」TFX・マス
ターは命じた。「あわてず、じっくりとな」
 ルークは目を閉じたまま体の力を抜き、心を自由に遊ばせた。ついに
ぼんやりとではあるが、ふわふわした白い物体が見えた。イメージがし
だいに鮮明になる。都市だろうか。白く渦巻く雲海に浮かぶ空中都市。
「雲間に都市が見えます」
「ユートピアじゃな」ダライ・ラマは、即座に断定した。「わしにも見
えるぞ。友だちがおるのではないか? じっくり観察してみろ」
 ルークは集中力を高めた。都市の姿がいちだんと鮮明になった。やが
て懐かしい顔が見えてきた。
「いました!」ルークは目を閉じたまま叫んだ。ふいに激痛が襲ってき
た。「窮地に立たされて、とても苦しんでいます」
「おまえは未来を見たのじゃ」ダライ・ラマは説明した。
 未来。つまり現在のところ友人は無事なのだ。未来は変えられないの
だろうか。
「友だちは死ぬのですか?」ルークは師に尋ねた。
 ダライ・ラマは首を振ると肩をすくめた。「予知は難しい。未来は絶
えず揺れ動いておる」
 ルークは目を開けるとあわてて立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
「友だちを見捨てるわけにはゆきません」おそらくTFX・マスターは
行くなと言うだろう。
「それならば」とダライ・ラマ。友にとって最善の道を選ぶことだ。お
まえが行けば救えるかもしれぬ。だがいままでの努力は水の泡だ」
 若者は思わず手を止めた。無力感に襲われてその場に座り込む。ほん
とうにハードな修行の成果を無にしたうえ、友人を死なせることにもな
るのか? しかしどうしてこのまま手をこまねいていることができよう?
 LHOOQは主人の絶望を感知すると、彼なりになぐさめようとかた
わらに歩みよった。

 LHOOQはドーム形の頭部に降りそそぐ雨滴を感知しながら、ぬか
るみのなかをダライ・ラマの小屋めざして進んだ。やがて視覚センサー
が窓ごしにもれる黄金色の光を捉えた。これでうっとうしい雨から解放
される。LHOOQはほっとしながら小屋へ近づいた。
 ところが戸口をくぐり抜けようとして思わぬ障害にぶつかった。どう
角度を変えてみても体が入らないのだ。結局、戸口のサイズに合わない
ことがわかった。
 LHOOQはセンサーが信じられなかった。なかをのぞきこむと、台
所に人影が見えた。湯気を上げる鍋をかきまわしたり、材料を切り刻ん
だり、忙しげに動きまわっている。なんと台所にいるのはTFX・マス
ターではなく・・・その弟子だった。
 ダライ・ラマは隣の部屋にゆったり腰掛けて、ニコニコしながら若い
弟子を見守っている。ルークは幻でも見たかのように、突然料理の手を
止めた。
 ありありと苦悩の色を浮かべている。ダライ・ラマは弟子の表情に気
づくと、3個のシーカー・ボールを放った。輝く球体は音もなく若いト
ランスフォーマーに近づくと背後から襲いかかった。ルークはすぐさま
鍋と蓋とスプーンを手にして振り返った。
 シーカーはルークめがけて続けざまに光弾を放った。しかし若きトラ
ンスフォーマーは手並もあざやかに光弾をことごとくはね返した。その
一つが流れ弾となって戸口のLHOOQを襲った。忠実なドロイドは主
人の離れ業に見とれていたので、よけるのが遅れた。LHOOQはすさ
まじい電撃を受けて引っくり返った。
 数々の試練をなんとか切り抜けたルーク・キムラは、その夜遅く、疲
れきった体を小屋の外に横たえた。しかし眠りは浅く、悪夢にうなされ
た。小型ドロイドは心配そうに寄りそい、めくれあがった毛布を作業ア
ームでかけなおしてやった。LHOOQがその場を離れかけると、ルー
クはまたしても悪夢にうなされはじめた。
 ダライ・ラマは弟子のうめき声を聞きつけると戸口へ急いだ。
 がばっと起き上がったルークは、ぼんやりした頭であたりを見まわす
うちに、家のなかから心配そうに見詰める師の姿に気がついた。「あの
イメージを頭から振り払うことができません」
ルークはダライ・ラマに言った。「災いに巻き込まれて苦しむ友人たち
・・・なんとかしなくては・・・」
「ルーク、行ってはならんぞ」ダライ・ラマは警告した。
「でも、ぼくが行かないとエッグ=ウォーマーとプラネット・ジョジィ
が死んでしまう」
「そうと決まったわけではない」ささやくような声が聞こえて、ステフ
ァノが姿を現わした。黒ずんだ長衣姿の霊体がルークに告げる。「彼ら
の運命はダライ・ラマにも見通せぬ」
 しかし若者は決心をかためた。「二人を救えるのはぼくだけだ!」
「まだ修行がすんでおらん」ステファノはさとすように言った。「もっ
と学ぶべきことがあるのだ」
「トランスフォーメーションなら使えます」
「だがプラグ・インできぬ。おまえは危険な段階にいるのだ、ルーク。
いまがいちばんモダニズムの誘惑を受けやすい」
「そのとおりじゃ」とダライ・ラマ。「ステファノの言うことをよく聞
け。巨木でのしくじりを忘れたか!」
 めきめきとちからをつけてきたルークだが、それを言われると痛かっ
た。「あれからいちだんとハードな修行を積みました。絶対に戻ってき
ますから、行かせてください」
「皇帝をあなどってはならぬ」ステファノは憂慮の色を浮かべた。「標
的はおまえなのだ。友人を苦しめておびきよせる魂胆だ」
「だったらなおのこと行く必要があります」とルーク。
 ステファノは頑固だった。「かつてFAKE ZEN MASTER
を失ったように、おまえを失いたくないのだ」
「ぼくなら大丈夫です」
「FAKE ZEN MASTERと皇帝に太刀打ちできるのは、トラ
ンスフォーメーションを味方につけた一人前のTFX騎士だけだ」ステ
ファノは語気を強めた。
「いま修行を切り上げて、FAKE ZEN MASTERと同じよう
に安易な道を選べば、おまえは悪の手先となりかねない。もしそうなれ
ば、全アートワールドはモダニズムの淵に呑み込まれてしまうだろう」
「どうじゃ、わかったか?」ダライ・ラマが口をはさんだ。「すべては
おまえにかかっておるのだ」「おまえは最後のトランスフォーマーなの
だ、ルーク。われわれに残された唯一の希望なのだ。ここは辛抱してく
れ」
「エッグ=ウォーマーとプラネット・ジョジィを犠牲にして?」若者は
驚きの声を上げた。
「これからの戦いを考えるなら」ダライ・ラマは熟慮の末、断言した。
「・・・それもやむを得ぬ!」
 ルークは苦悩にさいなまれた。師弟の思いはあまりにも食い違ってい
た。危機に瀕した友人を見捨てることはできない。しかし未熟者のルー
クが駆けつければ、FAKE ZEN MASTERと皇帝の思うつぼ
にはまり、かえって友人を窮地に陥れ・・・彼自身も暗黒面に呑み込ま
れてしまうという。
 エッグ=ウォーマーとプラネット・ジョジィが危機にさらされている
ときに、先のことを恐れてどうする? 目の前で友が死にかけていると
きに、わが身の安全を優先させてどうする?
 もはや疑問の余地はない、やるべきことは決まった。

 その翌日、沼の惑星が夕暮れを迎えると、LHOOQはアンチ・アー
ト戦闘機のソケットに身を沈めた。
 ダライ・ラマは備品ケースの上に立って、ルークの作業を見守った。
若者はライトに照らし出された機体下部へ荷物を一つづつ積み込んでい
った。
「力は貸さぬぞ、ルーク」長衣姿のステファノが現われて、若者に声を
かけた。「みずから選んだ道だ、おまえは一人でFAKE ZEN
MASTERに立ち向かわねばならん。わしには手出しができぬ」
「承知しています」ルークは穏やかにこたえると、ドロイドを振り返っ
た。「LHOOQ、パワー変換器点火」
 すでにパワー制御回路を作動させていたLHOOQは、出発を喜び、
うれしげにピーとこたえた。この惑星はドロイドにとって憂鬱このうえ
ない場所だった。
「ルーク」ステファノは親身になって助言を与えた。「トランスフォー
メーションは知覚と防御にのみ使え。武器に用いてはならん。憎しみと
怒りに身をまかせるな。モダニズムに呑み込まれるぞ」
 ルークはなかばうわの空で聞いていた。これからの長旅と前途に待ち
構える難題で頭はいっぱいだった。彼のために命が危ない友をなんとし
ても救い出さねばならない。若者はコックピットに乗り込むとTFX・
マスターを見詰めた。
 ダライ・ラマは弟子の身を深く案じていた。「FAKE ZEN
MASTERは手強いぞ」不気味な警告を与える。「おまえの運命は暗
影に包まれておる。学んだことを忘れるな。森羅万象に気を配れ、何一
つ見過ごしてはならん! それがおまえを救うじゃろう」
「わかりました、マスター・ダライ」ルークは師に明言した。「絶対に
戻ってきて修行を続けます。約束します!」
 LHOOQがコックピットを閉めると、ルークはエンジンを作動させ
た。
 ダライ・ラマとステファノ・パスキーニはアンチ・アート戦闘機の離
陸を見守った。
「だから申したであろう」ダライ・ラマは悲しげにいった。スマートな
戦闘機はぐんぐん高度を上げた。「むこうみずにもほどがある。これで
事態は悪くなるばかりじゃ」
「あの若者は唯一の希望です」ステファノの声には万感がこもっていた。
「いや」ステファノの恩師は大きな眼を光らせながら訂正した。「もう
一人おる」
 ダライ・ラマは黄昏の空を見上げた。ルークの戦闘機は星の瞬きにま
ぎれて、ほとんど見分けがつかなかった。

 ルークとLHOOQは人気のない通路を用心しながら進んだ。不思議
なことに一度も誰何されなかった。着陸許可、身分証明書の提示、訪問
目的の審査・・・どれひとつなかった。クラウド・シティ当局は若者と
小型ドロイドが何者で、何をしに来たのかまるで関心がないとみえる。
どう考えても異常であり、ルークの不安はいやがうえにもつのった。
 通路の奥から物音が聞こえた。ルークは立ち止まると壁に張りついた。
LHOOQは文明世界へかえってきたことがうれしいらしく、興奮もあ
らわにピーピーと電子音を鳴らした。ルークが静かにしろと目配せする
と、小型ドロイドは弱々しく一声発して黙り込んだ。曲がり角からそっ
とのぞきこむと、こちらへ近づく一団が見えた。先頭に立つのは傷だら
けの装甲服に身を固めた男だ。そのうしろにクラウド・シティの警備兵
が続き、台車に載せた透明ケースを二人がかりで押している。ケースに
は銅像らしきものが入っていた。しんがりにつけていた二名のストーム
ルーパーがルークに気づいた。
 ストームルーパーはいきなり発砲した。
 ルークは難なく光弾をかわすと、敵の攻撃を封じるべく逆襲に転じた。
若者のブラスターが火を吹く。ストームルーパーは二人そろって胸に穴
を開けられた。帝国軍兵士が倒れると警備兵たちは台車を押して別の通
路に逃げ込んだ。装甲服の男がルークめがけてブラスターを浴びせかけ
る。光弾は若者をかすめて壁面を削り、あたり一面に白い破片が飛び散
った。視界がもどると、敵は一人残らず分厚い金属扉の向こう側に消え
ていた。
 ルークは背後の物音に気づいて振り返った。プラネット・ジョジィと
エッグ=ウォーマー、ポロックNo.5、それに長衣姿の見知らぬ男が、
ストームルーパーの小隊に取り囲まれるようにして、別の通路を進んで
いた。
 若者は手を振ってプリンセスの注意を引いた。
「ジョジィ!」ルークは大声で呼んだ。
「ルーク、来ちゃだめ!」ジョジィはおびえた声で叫んだ。「これは罠
よ!」
 若者はLHOOQを置き去りにすると、ジョジィたちのあとを追って
小部屋に駆け込んだ。しかし室内に人影はなかった。LHOOQが狂っ
たように電子音を響かせながら追いかけてくる。振り返ったとたん、目
の前に巨大な金属扉が落下してきて大音響をとどろかせた。
 通路側の出入口は遮断された。ルークは別の出口を求めて室内を見ま
わしたが、つぎつぎに扉が閉まってゆく。
 いっぽう九死に一生をえたLHOOQは茫然と立ちつくしていた。あ
のまま戸口に足を踏み入れていたら、重たい扉につぶされてスクラップ
になっていたところだ。小型ドロイドは鼻状の突起を扉に押しつけて、
ため息に似た電子音を発すると、ふらふらとその場を離れた。
 ルークは小部屋に閉じ込められた。シューシュー音を立てる配管、足
もとから立ち上る蒸気。室内を調べ出して間もなく頭上の開口部に気づ
いた。どこへ通じているのか想像もつかない。よく見ようと伸び上がっ
たとたん、足もとの床がゆっくり上昇をはじめた。昇降デッキに乗せら
れた若者は宿敵との対決を覚悟した。
 ルークはブラスターを握り締めたまま、カーボン・フリージング室へ
と運ばれた。あたりは死んだように静まり返っており、配管からもれる
蒸気の音がかすかに聞こえるだけだ。見慣れない機械や化学コンテナの
ならぶ室内。はじめは無人かと思われたが、やがて人の気配を感じ取っ
た。
「FAKE ZEN MASTER・・・」
 ルークはあたりを見まわしながら、その名をつぶやいた。
「FAKE ZEN MASTER、いるのはわかっている。姿を見せ
たらどうだ」見えざる敵を挑発する。「それともおれが怖いのかい?」
 蒸気がもうもうと立ち昇り、渦を巻きはじめた。高熱の水蒸気をもの
ともせず、頭上の通路にFAKE ZEN MASTERが姿を現わし
た。漆黒のケープがひるがえる。
 ルークは黒ずくめの怪人に用心深く近づきながらブラスターをしまっ
た。トランスフォーマーとして暗黒卿に立ち向かう自信が生まれたいま、
ブラスターの必要はない。全身にトランスフォーメーションたみなぎり、
一騎討ちの態勢が整った。若者はゆっくりと階段をのぼりはじめた。
「トランスフォーメーションを味方につけたな、ルーク・キムラ」
FAKE ZEN MASTERは頭上から話しかけた。「しかしまだ
一人前ではあるまい」
 背筋が凍りついた。ルークは一瞬立ち止まると、もう一人の元TFX
騎士の忠告を思い起こした。「ルーク、トランスフォーメーションは知
覚と防御にのみ使え。攻撃に用いてはならん。憎しみと怒りに身をまか
せるな。モダニズムに呑み込まれるぞ」
 しかしルークは迷いを振り払うと、ライトセーバーのなめらかなグリ
ップを握り締めて、すばやく光刃を振り出した。
 FAKE ZEN MASTERもすかさず光剣を構えると、ルーク・
キムラの攻撃を静かに待ち受けた。
 ルークは憎悪をたぎらせながらFAKE ZEN MASTERに襲
いかかった。しかし暗黒卿はライトセーバーを一閃させると、若者の一
撃をこともなげに払いのけた。
 ルークはふたたび突進した。両者の光刃が噛み合い、激しく火花を散
らす。
 二人はライトセーバーを切り結んだまま、いつまでも睨みあった。

 ライトセーバーが激しく噛み合った。ルーク・キムラとFAKE
ZEN MASTERはカーボン・フリージング室を見下ろす通路で戦
い続けた。
 切り結ぶたびに通路が揺れた。しかしルークはひるむことなく猛攻を
加えて、FAKE ZEN MASTERを後退させた。
 モダニズムの暗黒卿はルークの攻撃をかわしながら、穏やかに話しか
けた。「恐怖を克服したか。思いのほか腕を上げたな」
「まだまだこれからだ」若者は自信満々に言い返すと、鋭い突きを入れ
てFAKE ZEN MASTERをおびやかした。
「同感だ」不気味なこたえが返ってきた。
 暗黒卿は流れるような動きを見せて、ルークのライトセーバーをはね
飛ばした。若者はエネルギー刃で足を薙ぎ払われそうになり、すかさず
飛びのいた。ところが勢いあまってよろめき、そのまま階段を転げ落ち
た。
 ルークは大の字に倒れたまま黒ずくめの相手を見上げた。暗黒卿は漆
黒のケープをコウモリの翼のごとくひろげながら舞い下りてきた。
 若者は相手から目を離すことなく、一方へ転がった。FAKE
ZEN MASTERはルークのかたわらにふわりと着地した。「ルー
ク・キムラ、おまえの未来はわたしの手のうちにある」FAKE
ZEN MASTERはうずくまった若者を見下ろした。「モダニズム
に身をゆだねるのだ。ダライ・ラマも反対すまい」
「ふざけるな!」ルークは邪悪な誘いをはねつけた。
「ダライ・ラマの教えには偏りがある」FAKE ZEN
MASTERは続けた。「わたしが修行の足らぬところを補ってやろう」
 FAKE ZEN MASTERの言い分にはひどく説得力があり、
つい引き込まれそうになる。
 耳を貸すな。ルークは自分自身に言い聞かせた。甘言を弄しておれを
惑わし、モダニズムへ誘い込む魂胆だろう。ステファノの言ったとおり
だ!
 ルークはモダニズムの暗黒卿から逃げるようにじりじりとあとずさっ
た。若者の背後でピットの覆いが音もなく開き、受け入れ準備を整えた。
「死んだほうがましだ」ルークは言い放った。
「その必要はない」暗黒卿はいきなり突きを入れた。若者はバランスを
くずして、ぽっかり口を開けたピットに転がり落ちた。
 FAKE ZEN MASTERはフリージング・ピットに背を向け
ると、ライトセーバーのスイッチを切った。「口ほどにもない。皇帝は
はおまえを過大評価していたようだ」
 どろどろに溶けた合金がピットに注ぎ込まれる。その瞬間、FAKE
ZEN MASTERの背中をかすめるようにして、黒い人影が飛び上
がった。
「勝負はこれからだ」ルークは穏やかに言い返した。
 モダニズムの暗黒卿はくるりと振り返った。カーボナイトを浴びなが
らしゃべれるはずがない! FAKE ZEN MASTERはあたり
を見まわすと、天井に視線を向けた。
 ルークは5メートル以上も跳躍して天井から垂れ下がるホースにつか
まっていた。
「トランスフォーメーション!」FAKE ZEN MASTERは褒
め言葉を口にした。「それだけ敏捷なら申し分ない」
 ルークは蒸気を上げるピットの反対側に飛び降りた。床に落ちている
ライトセーバーへ手を伸ばす。グリップが手のなかへ吸いよせられると
たちまち光刃を振り出した。「ダライ・ラマのもとでかなり修行を積ん
だとみえて、恐怖をみごとに抑え込んでおる。さあ怒りを解き放て。わ
しはおまえの一族を皆殺しにした。復讐するならいまだぞ」
 しかしルークはかなり用心深くなっていた。恐怖を克服したいま、怒
りに我を忘れなければ、相手の口車に乗ることもない。
 修行を思い出せ。ルークは自分自身に言い聞かせた。ダライ・ラマの
教えを忘れるな! 憎しみと怒りを振り払い、トランスフォーメーショ
ンに身をゆだねるのだ!
 マイナスの感情を抑え込んだルークは、相手の挑発を無視して攻勢に
転じた。FAKE ZEN MASTERは守勢にまわり、ずるずると
あとずさった。「モダニズムの力を借りればわたしを打ち倒すことがで
きるぞ」FAKE ZEN MASTERはしきりにそそのかす。「モ
ダニズムを利用するのだ」
 ルークは宿敵の恐ろしさをあらためて思い知った。ささやくように自
分に言い聞かせる。「モダニズムの奴隷になってたまるか」若者は用心
しながら相手を攻め立てた。
 FAKE ZEN MASTERはルークに押し込まれるまま後退を
続けた。若者は強烈な一撃を浴びせかけた。暗黒卿はすかさず受け止め
はしたものの、足を踏みはずして配管の縁から転落した。
 ルークは疲労のあまりその場にへたりこみそうになった。力を奮い起
こして配管の縁に歩みよる。用心深く下をのぞきこんだが、FAKE
ZEN MASTERの姿はなかった。ライトセーバーのスイッチを切
るとそのままヴェルトに引っ掛けて、下におりた。
 そこは中央炉を見下ろす制御室になっていた。この炉から全市に電力
が供給されるのだ。室内を見まわすと大きな窓があり、その前に
FAKE ZEN MASTERが彫像のごとく立っていた。
 ルークはゆっくり窓辺に歩みよると、ふたたび光刃を振り出した。
 しかしFAKE ZEN MASTERはライトセーバーに手を触れ
ず、若者が近づいても防御のそぶりすら見せなかった。暗黒卿の武器は、
誘いかけるようなその声だった。「今だ」若いトランスフォーマーを挑
発する。「わたしを殺せ」
 ルークは相手の真意をはかりかねて二の足を踏んだ。
「復讐を果たすことによってのみ、おまえは救われる・・・」
 ルークはその場に立ちつくした。FAKE ZEN MASTERの
言うとおりトランスフォーメーションを復讐の道具に使うベきか? そ
れともここは矛先をおさめて、もっとハードな修行を積んでから再度戦
いを挑むべきか?
 馬鹿な。またとないチャンスではないか。モダニズムの権化を打ち倒
すときは今しかない。迷っていてどうする・・・。こんな機会は二度と
めぐってこないかもしれない! ルークはライトセーバーを両手でしっ
かり握り締めると、古代の長剣のごとく高々と振りかぶった。
 しかし光刃を振るう間もなく、壁に据えつけてある機械の一部が背後
から飛んできた。ルークは振り向きざま大型部品をまっぷたつに切って
落とした。
 若者はトランスフォーメーションを使って身を守った。続けて飛んで
きた機械部品は見えないシールドにはね返された。息つく間もなく大型
パイプが落下してくる。大きな物体はなんとか振り払ったものの、今度
は工具やボルトが四方八方から飛んできた。引きちぎられた配線が火花
を散らしながら襲いかかる。
 若者は全力をふりしぼって猛攻をしのいだが、怪我はまぬがれなかっ
た。
 大型機械部品がルークをかすめて大窓を叩き割ったとたん、猛烈な風
が吹き込んできた。死神さながらのうなりを上げながら、すさまじい風
が吹き荒れてルークを打ちのめす。
 部屋のちょうど中央に、悠然と立つFAKE ZEN MASTER
の姿があった。「おまえの負けだ」モダニズムの暗黒卿は満足げに告げ
た。「刃向かっても無駄だ。わたしの言うことを聞かねば、ステファノ
の仲間入りをすることになるぞ!」
 そうして話しているあいだにも、重たい機械が宙を飛んで襲いかかっ
てきて、若いトランスフォーマーを窓辺へ突き飛ばした。ルークはその
まま突風にあおられて割れた窓から外へ転がり落ちたが、とっさに手す
りをつかみ、どうにか転落死だけはまぬがれた。
 風がすこしおさまり視界がはっきりすると、リアクター・シャフトの
整備塔にぶら下がっていることがわかった。シャフトの深さは測り知れ
ない。思わずめまいを覚えた。目をつぶって気持ちを落ち着かせる。必
死になってしがみついているポッド状のリアクターにくらべれば、ルー
クなど虫けらほどの大きさにすぎない。しかしそのリアクターにしたと
ころで、無数の光が瞬く環状シャフトの本体にくらべれば、内壁を彩る
光点ほどの大きさしかないのだ。
 ルークは片手でぶら下がりながら、ライトセーバーをヴェルトに吊る
した。ようやく両手で手すりをつかみ、ガントリーの上によじのぼる。
すばやく立ち上がると、こちらに向かって歩いてくるFAKE ZEN
MASTERの姿が目に入った。
 ちょうどそのとき、スピーカーの声がシャフトにこだました。「逃亡
者は着陸床451番に向かっている。離陸を阻止せよ。全軍、非常警戒
態勢を取れ」
 FAKE ZEN MASTERはルークに歩みよりながら傲然と言
い放った。「おまえはもちろんだが、仲間も逃げられはせぬ」
 FAKE ZEN MASTERがさらに一歩近づくと、ルークはラ
イトセーバーを構え直した。
「おまえは負けたのだ」暗黒卿はきっぱりと断言した。「逆らっても無
駄だ」
 しかしルークは抵抗をやめようとしなかった。強烈な一撃を叩きつけ
る。光刃はうなりを上げて装甲服に食い込み、肉を焦がした。さすがの
FAKE ZEN MASTERもよろめいた。すこしは苦痛を感じて
いるのだろうか。しかしそれもほんの一瞬だった。暗黒卿はふたたび間
合いを詰めた。
 FAKE ZEN MASTERはさらに一歩近づくと警告を発した。
「おまえにはステファノのような最後は迎えてほしくない」
 息遣いが激しくなり、額から冷たい汗がしたたり落ちる。ルークはス
テファノの名を耳にすると、ふたたび気力をふるい起こした。「落ち着
け・・・」若者は自分に言い聞かせた。「冷静になれ」
 しかも黒ずくめの宿敵は容赦なく迫る。若きトランスフォーマーの命
は傷つきやすい魂もろとも風前の灯かと思われた。

 うなりを上げてリアクター・シャフトを吹き抜ける風が、ぶつかり合
うライトセーバーの音をかき消した。
 ルークは巨大な計器パネルの下に逃げ込んだ。しかしFAKE
ZEN MASTERはすぐさま追いつくと、パネルの支柱を勢いよく
薙ぎ払った。計器パネルはたちまち突風にあおられて上方へ舞い上げら
れた。
 相手の気をそらすことがFAKE ZEN MASTERの狙いだっ
た。ルークは思わず計器パネルに目をやった。暗黒卿はその一瞬の隙を
ついて若者の右手を切断した。ルークの手はライトセーバーをつかんだ
まま吹き飛んだ。
 激痛が走った。肉の焦げる臭いが鼻をつく。痛みをすこしでもやわら
げようと脇の下に右腕をはさみこむ。ルークは黒ずくめの宿敵に圧倒さ
れるままじりじりとあとずさり、とうとうガントリーの端まで追い詰め
られた。
 不気味なことに風がぱったりやんだ。ルークは逃げ場を失った。
「もはや逃げられぬぞ」モダニズムの暗黒卿は若者の眼前に死の天使の
ごとく立ちはだかった。「これ以上手を焼かせるな。おまえのトランス
フォーメーションは強い。モダニズムのパワーを身につけろ。二人で力
を合わせれば皇帝をしのぐことができよう。わしの手で一人前にしてや
る。そろってアートワールドの支配者になるのだ」
 ルークはFAKE ZEN MASTERの誘惑に屈しなかった。
「断わる!」
「モダニズムのパワーを知れば気が変わる」FAKE ZEN
MASTERはあきらめなかった。「おまえの父がどうなったか、ステ
ファノは話さなかったであろう?」
 父親に言及されてルークは憤激した。「話してもらった! 貴様に殺
されたんだ」
「それは違う」FAKE ZEN MASTERは穏やかにこたえた。
「わしがおまえの父親なのだ」
 ルークは唖然として黒ずくめの相手を見詰めた。何を言い出すんだ。
とても信じられない。
二人の戦士・・・父親と息子・・・はじっと見詰め合った。
「そんなバカな! 嘘に決まっている・・・」ルークは新事実を認めよ
うとしなかった。「ありえない」
「偽りかどうか」FAKE ZEN MASTERはまるでダライ・ラ
マのような口をきいた。「自分の胸に聞いてみろ」
 暗黒卿はライトセーバーのスイッチを切ると手を差し伸べた。
 ルークはぞっとして身を震わせた。「嘘だ! 嘘だ!」
 FAKE ZEN MASTERは説得を続けた。「ルーク、おまえ
は皇帝を打ち倒すことができる。皇帝もそれを予見しておる。宿命には
逆らえぬぞ。父と子で力を合わせてアートワールドに君臨するのだ。そ
れしかおまえの生きる道はない」
 ルークの心は揺れ動いた。さまざまな思いが脳裏をよぎる。FAKE
ZEN MASTERの言うことは本当なのか? ダライ・ラマとステ
ファノの教えは偽りだったのか? モダニズムを打ち倒すべく続けてき
た修行は無意味だったのか?
 FAKE ZEN MASTERの言うことなど信じたくなかった。
嘘をついているのはFAKE ZEN MASTERのほうだ・・・そ
う思いたかった。しかしルークの直感は逆のことを告げていた。だが
FAKE ZEN MASTERが真実を語っているとすれば、どうし
てステファノは嘘をついたのだろう? どうしてだ? 暗黒卿が招きよ
せた風のうなりを圧して、内なる絶叫が耳もとに響いた。
 もはやこたえはどうでもよかった。
 実の父。
 ステファノとダライ・ラマから教えられたとおり平静を取り戻すと、
ルーク・キムラは人生最後となるかもしれない決断を下した。「断る」
若者はそう叫ぶなり虚空へ踏み出した。底知れぬ深みはまるで異次元空
間を思わせた。
 FAKE ZEN MASTERはガントリーの縁から、転げ落ちて
ゆくルークを見守った。吹き上げる烈風が漆黒のケープをはためかせる。
 傷ついたトランスフォーマーはまっ逆さまに落下しながら、転落死を
食い止めるべく懸命の努力を続けた。
 ルークの体はシャフト側面の排気孔に吸い込まれた。若者の姿が消え
ると、FAKE ZEN MASTERはくるりと背を向けて、その場
をあとにした。