ネオ・アンフィオニイ作品
title:カリギュラ ver.1.0j
木村応水 作
1995


 『カリギュラ』 カミュ
若いシピオン
 そうとも、あんたの孤独は、どれほどいまわしい孤独か!
カリギュラ
 (逆上して、シピオンに飛びかかり、そのえり首をとらえ、ゆすぶる)
 孤独だと! きさまにはわかっているのか、孤独とは何か? 貴様の
は詩人や能無しの孤独だ。孤独だと? だが、どんな孤独だ? ああ!
貴様にはわかりはしない、一人でいるとき、人間は一人きりではない!
そうだ、どこへ行っても、同じように未来と過去の重荷がつきまとう!
 おれたちの殺した人間どもがいつもおれたちと一緒にいる。殺したや
つら、愛してくれたやつらはどうだ、後悔と欲望と、苦汁と甘美の思
い出と、淫売どもに、神々の一味徒党だ。(彼はシピオンを放し、自
分の席のほうへ後ずさりする)たった一人になる! ああ、せめて、
無数の人間どものつきまとうこのいまわしい孤独、おれのこの孤独の
代わりに、せめてこのおれに、本物の孤独が味わえたなら、静寂と一
本の木のさざめきが味わえたなら! (突然、疲れきったように腰を
おろす)孤独か! だめさ、シピオン。そいつはな、歯ぎしりの音に
満ちあふれ、無数の物音と無形の喧騒とに鳴り轟くものだ。そしてお
れが、愛撫してやる女のそばで、夜のとばりがおれたちの上に垂れこ
め、おれが、ようやく満たされたおれの肉体から離れて、生と死との
間でかろうじて自分というものをつかまえたと思うそのとき、おれの
孤独はな、まだおれのそばで寝ぎたなく横たわる女のわきの下の、あ
の快楽の臭いで、すみずみまで満たされてしまうのだ。

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カリギュラ
 準備はできたか?
セゾニア
 できました。(一人の衛兵に)詩人たちを呼び入れなさい。
 二人ずつ隊を組んで、詩人が十二人ほど登場。歩調をそろえて右手へ
おりて行く。

カリギュラ
 あとのやつは?
セゾニア
 シピオンにメテリュス!

 二人は詩人たちの列に加わる。カリギュラは、セゾニアならびに貴族
たちとともに、舞台奥に腰をおろす。短い間。

カリギュラ
 題は、死。作る時間は、一分。

 詩人たちはあわただしく書板に詩を書く。

老貴族
 審査員はどなたですかな?
カリギュラ
 おれだ、それじゃ不十分か?
老貴族
 いいえ、とんでもございません。十分すぎます。
ケレア
 あなたも参加なさるのですか、カリギュラ様?
カリギュラ
 無用なことだ。この題の詩は、とっくの昔に書いてしまってある。
老貴族
 (熱心に)そのお作はどこで入手できましょうか?
カリギュラ
 おれ流、毎日暗唱しているものだ。

 セゾニアは心配げに彼を見つめる。

カリギュラ
 (荒々しく)おれの顔が気に入らんのか?
セゾニア
 (優しく)いえ、ごめんなさい。
カリギュラ
 ああ、勘弁してくれ、卑屈になるのだけはな。卑屈になるのだけは願
いさげにしてもらおう。お前ってやつは、今でもすでに我慢できなく
なっているのに、このうえ卑屈になられちゃな!

 セゾニアは再びゆっくりと奥へ戻る・・・・・

カリギュラ
 (ケレアに)話を続けよう。それはおれが作った唯一の作品だ。しか
しそれはまた、おれがローマに生まれた唯一の芸術家であることを証
明しているものだ、唯一のだぞ、いいか、ケレア、おのれの思想と行
動とを合致させた唯一の芸術家なのだ。
ケレア
 単に権力があるかないかの問題ですな。
カリギュラ
 そうとも。他のやつらは権力がないから創作をする。おれは作品など、
 作る必要はない。生きているのだ、おれは。(荒々しく)さあ、お前
たち、できたか?
メテリュス
 一同、できましたようにございますが。
一同
 は、はあ。
カリギュラ
 よし、では聞け。お前たちは列から一人一人前へ出て来る。おれが呼
び子を吹く。一番が朗読を始める。おれが呼び子を吹いたら、そいつ
はやめて、次が始める。以下同様だ。
 優勝者はもちろん、自分の作品を呼び子で中断されなかった者という
わけだ。用意はいいな。(ケレアのほうを向き、そっと打ち明ける口
調で)どんなことでも、組織的にやらねばならん、芸術だって例外で
はない。

   呼び子を吹く。

第一の詩人
 死よ、かの黒き岸辺のかなた・・・・・

 呼び子が鳴る。詩人は左手におりる。他の者も以下同様にする。機械
的な動きの場面。

第二の詩人
 かの運命の女神三人が洞窟のうちにて・・・・・

 呼び子。

第三の詩人
 われは呼ぶ、汝、死よ・・・・・

 激しい呼び子の音。
 第四の詩人、進みいで、大げさに朗誦の構えをする。一言も言わぬう
ちに、呼び子が鳴る。

第五の詩人
 わたしが子供であった頃・・・・・
カリギュラ
 (怒鳴る)やめろ! 馬鹿者の子供のときとこの題となんの関係があ
る? どこに関係があるのか、言ってみろ。
第五の詩人
 でもカリギュラ様、まだ全部は・・・・・

 鋭い呼び子の音。

第六の詩人
 (進みいで、咳払いをしたうえで)呵責なき、死は進み・・・・・

 呼び子。

第七の詩人
 (意味深長に)解きがたく、あやめも分かぬ説教の・・・・・

 呼び子が幾度も鳴る。
 シピオンが書板も持たずに進み出る。

カリギュラ
 お前の番だ、シピオン。書いたものは持っていないのか?
シピオン
 ぼくには必要ありません。
カリギュラ
 まあやってみろ。

 彼は呼び子を噛む。

シピオン
 (カリギュラのすぐそばに寄って、カリギュラには目をやらず、一種
疲れた様子で)
 「幸福を追う狩、それが命ある者を浄らかにする、
  空には陽(ひ)の光がさらさらと、
  かけがいのない、野性の宴、希望もなくただ狂おしいわが歓び!・
  ・・・」
カリギュラ
 (おだやかに)そこまででよい。(シピオンに)その年で、よく死と
いうものの真の教訓を心得ているな。

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セゾニア
 (慄然として)ではそれが幸福だとおっしゃるの、その恐ろしい自由
が?
カリギュラ
 (腕で徐々にセゾニアの首を絞めながら)このとおりだ、セゾニア。
その自由のおかげで、おれは孤独な人間の神のごとき洞察力を身につ
けたのだ。(彼は徐々にセゾニアの首を絞めながら、ますます興奮し
ていく。セゾニアはやや両手を前にさし出した形で、なすがままにさ
せている。彼はセゾニアの耳もとに口を寄せて、話す)おれは生き、
おれは殺す、おれは破壊者として気違いじみた力をふるう。これに比
べれば創造主の力など、滑稽な猿真似にすぎない。まさにこういうこ
とだ、幸福であるとは。まさにこれなのだ、幸福とは。この耐えがた
いほどの解放感、あらゆるものに対する軽蔑、流される血、おれを取
り巻く憎悪、己の生涯をあますところなく見据えている人間のこの比
類ない孤立、罰せられることなき殺りく者のはてしない歓び、人間た
ちの命を打ち砕くこの無慈悲な論理(彼は笑う)、この論理が、セゾ
ニア、お前を打ち砕き、おれの求めた永遠の孤独をついに完成する。
セゾニア
 (弱々しくもがいて)カリギュラ!
カリギュラ
 (ますます興奮して)いいや、情愛をみせるのは無用だ。けりをつけ
ねばならん、時は迫っている。時が迫っているのだ、いとしいセゾニ
ア!